「IT重説」(ITを活用した重要事項説明に係る社会実験)が2015年から始まった。
この記事では、IT重説が不動産業界にもたらす変化について妄想してみる。
「重説」とは?
「重説」(じゅうせつ)と聞いてピンと来ない人のために簡単に説明する。
重説について詳しくご存じの方は、この章は読み飛ばしていただいてかまわない。
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重説は「重要事項説明」の略。
法律によって、不動産会社(※)には重要事項説明という業務が義務付けられている。
※ここでは宅建業者のことを「不動産会社」という名前で呼ぶ。
「重要事項」とは、
- 建物の面積
- 構造
- リスク
- 禁止・制限事項
などのことを指す。
たとえば、部屋を借りようとしている消費者に対して不動産会社が、
- 「この物件には、抵当権(=借金の担保)が設定されていますよ。」
- 「この物件は、土砂災害警戒区域(=ガケ崩れなどの災害が起きる可能性のある場所)に立地していますよ。」
- 「この物件には、アスベスト(=吸い込むとガンを発症する可能性のある建材)が使われている可能性がありますよ。」
- 「この物件は、耐震診断を受けていませんよ。」
このような情報を説明する行為を、重要事項説明という。
国は不動産会社に対して、重要事項説明を「対面で」実施するよう義務付けている。
この「重説」をskypeなどのオンラインで実施する方法が「IT重説」だ。
IT重説のメリット・デメリット
国土交通省は、IT重説を実施している不動産会社や利用者へのアンケート結果をウェブサイト上で公開している。
※出展:国土交通省
以下、内容を簡単に表にまとめてみた。
メリット | デメリット | |
---|---|---|
利用者 | ・交通費の節約になる。 ・外出の手間が省ける。 |
・通信環境が必要。 ・ネットが苦手だと難しい。 |
不動産会社 | ・遠方の顧客へのサービス向上。 ・協力的な利用者が多い(※)。 |
・社員教育が必要。 ・通信環境の構築が必要。 ・ネットが苦手だと難しい。 |
※利用者が事前に重要事項に目を通してくれる、自宅などのリラックスした場所で説明を受けられる、などの理由から。
2016年時点でのIT重説の現状
アンケート結果を読むと、
「実施後のアンケートへの回答が面倒。」
「録音・録画に抵抗感がある。」
という利用者の感想も見られた。
これらの問題点は実験に伴うもので、実験期間が終われば自動的に解決する。IT重説の流れを妨げるほどのものではない。
アンケート結果の全体的な印象としては、利用者にとってはメリットの方が大きいように感じた。
しかし2016年時点でIT重説に参加している不動産会社(宅建業者)は、全国120,000業者のうち、たったの200業者。
全体の0.2%でしかない。
実験段階とはいえあまりにも少なすぎる。
IT重説に参加している不動産会社は、なぜこんなにも少ないのだろうか?
IT重説に全く興味のない不動産会社
IT重説に参加する不動産会社が少ない理由は、「ほとんどの不動産会社は新しいことに取り組む余裕がないから」という点に尽きるだろう。
最近(2016年7月)、私は部屋を借りた。
どうせならIT重説を受けてみたいと思った。
しかし、担当の不動産会社はIT重説に参加していなかった。
重要事項説明を実施してくれた担当者に
(私)「IT重説をどう思いますか?」
と質問してみた。すると、
(業者)「対応する予定はないですね。」
という回答が返ってきた。
引き続き、
(私)「お知り合いの業者さんで、IT重説への対応を検討している会社はありますか?」
と食い下がってみたものの、
(業者)「ないですね。」
というあっさりした回答が返ってきただけだった。
まったく興味がない、という様子だった。
「人手が足りない!」VS「業務効率化しろ!」の永遠の平行線
従業員の立場で考えれば、
- 次から次へと仕事が降ってくる。
- いくら残業しても仕事が終わらない。
- 明らかに人手が足りていない。
このような状況で、新しいことをしようとなどと思うわけがない。
かたや経営者側は、
- 売上や利益が伸びない状況で、人件費を増やせるわけがない。
- 仕事が回らない理由は、ウチの社員の働き方が悪いからだ。
- 売上を伸ばすために、次々と新しい手を打たなければ。
このように考える傾向がある。
結果、業務量の増加というツケが従業員に回ってくる。
不動産業界は激務で有名だ。
早朝から深夜までの勤務、休日返上、売上ノルマによるプレッシャーなど、ブラック(企業の)要素が目白押しの業界だ。
不動産という業界に限った話ではないが、日常業務が忙しすぎると人は簡単に思考停止に陥る。
結論:IT重説で不動産会社の二極化が進む
どれだけ業務が忙しくても、経営者が「ウチの会社はIT重説を採り入れる!」と言えば、従業員はしぶしぶ従うしかない。
ワンマン社長の下で働く従業員は不幸かもしれないが、IT重説に参加している0.2%の会社は、「新しいことに取り組む意欲・能力を持った上位0.2%の会社」ともいえるだろう。
アンケート結果からも、若い消費者がIT重説を求めていることは明白だ。
IT重説を含めた、消費者のニーズに応えられる新しいサービスを提供できる不動産会社は、今後も成長していくのではないだろうか。