「週刊SPA!」2016年6月14日号の、「没落するセレブタウンの今」という特集を読んだ。
田園調布や自由が丘といった高級住宅街が、住人の高齢化や新陳代謝の遅れの影響で、資産価値を失いつつあるという話だ。
【田園調布】建築協定の影響で売却が困難?
(地主たちは)豪邸の莫大な固定資産税に苦しむようになり、売却を検討するも買い手が見つからず、途方に暮れる人が続出しているのだという。
都内の不動産業K氏はその背景をこう説明する。
「都心のいわゆる高級住宅帯のほぼすべてに『建築協定』と最低敷地面積の取り決めがあります。
どちらも町の土地を必要以上に細かく分割させないためのもので、田園調布の場合、土地を165平米(50坪)以下に分割することができない。つまり売りに出しても、購入者は最低でも50坪の宅地を買う必要がある。莫大な値段ですから、需要がまったくないのです。実際、某音楽コンテンツ会社Aの社長も自宅を売却したいのに売り手がつかず困っているそうです。」
上記引用部分で触れられている某音楽コンテンツ会社Aの社長とは、エイベックスの松浦社長のことと思われる。ただし、2015年には自宅を売却したというニュースが出ていたので、松浦氏から住宅を譲り受けた別の人物を指しているのかもしれない。
国土交通省の地価公示サイトで確認すると、田園調布では坪単価200万円程度の土地が多く見られた。
※出展:国土交通省
Yahoo不動産で調べてみても、「田園調布〇丁目」という売土地の坪単価は約200万円だった。
※出展:Yahoo不動産
坪単価200万円と言うと、30坪を購入するだけでも6000万円が必要となる計算だ。一般的なサラリーマンが手を出すには厳しい水準だ。
果たしてこの高額な地価水準を指して、「没落した住宅街」などと言えるのだろうか?
実際、田園調布の地価は上昇傾向にある。
※2016年現在。
大田区は再開発地域が多く、特に東京湾沿岸のウォーターフロントエリアは、東京オリンピック開催と羽田空港のハブ化に伴って高層マンションや大型マンションの建築ラッシュが続いている。
大田区の地価上昇率は全用途平均で前年比+2.15%上昇。■2016年公示地価ランキング
田園調布三丁目23番3:前年比 +6.65%
田園調布三丁目44番7:前年比 +1.35%
田園調布四丁目28番5:前年比 +1.12%
田園調布二丁目24番26:前年比 +1.24%
※出展:住建ハウジング
建築協定が影響しているのは田園調布の一部のみ
Yahoo不動産を見ていると、165平米未満の土地が多く売りに出されていることに気付く。
田園調布にも、50坪未満の宅地は存在しているのである。
仲介不動産業者に問合せたところ、
- 建築協定の範囲は田園調布の一部のみ。
- 建築協定の範囲内であっても、過去に分筆が完了している土地には影響はない。
ということが分かった。
なお、田園調布の建築協定が適用される範囲は、主に田園調布3・4・5丁目に該当する地域だ。
以下の図の黄色網掛け部分が相当する。
※出展:大田区
建築協定の影響で困っているのは一部の大地主だけ、ということが言える。
地図で見る限り生活が不便とも思えない
地図で見る限りでも、田園調布の東口にはスーパーやコンビニが点在している。
※出展:Google Map
普段の暮らしで買い物に困るような状態とはとても思えない。
食事は自炊中心、日用品はインターネットで購入、というライフスタイルなら、周囲に飲食店や店舗が少なくても特に問題は発生しないだろう。
以上を考え合わせると、SPAが主張している「建築協定の影響で田園調布の町自体の価値が低下している」という内容にはかなり無理があるように見える。
緑の多い街並みや歩行者が歩きやすい道を確保しようとすれば、ある程度の建築規制は当然必要になる。過度な開発が抑制された、落ち着いた住環境を好む人にとっては、建築規制はむしろ好ましいものである。
【自由が丘】100円ショップは住民レベルの低下のサイン?
激安チェーン店の登場は高級住宅街の没落のサインでもあるという。
「そういったビジネスが通用するマーケットと判断されたということは、住民の生活レベルが低下したとみなされたも同然。
実際、自由が丘にも100円ショップができたり、モグリの派遣風俗が現れたりしています。」
この論理にも、かなり無理がある。
100円ショップなどの激安チェーンが増えた主な原因は、デフレ経済の進行だ。お金持ちの絶対数が減り、より安い物を求める人が増えたためだ。「住民の生活レベルの低下」と言うよりも、「日本人全体の生活レベルの低下」と言った方が正しいだろう。
【芦屋】排他的な住人が多ければ衰退は必然
芦屋に住んで40年以上の某セレブによると、従来は芦屋に住めなかったような人種の流入が進んでいるとして不満を漏らす。
「ひと昔前までは芦屋で新築戸建てを構えるには、単にお金があるだけでは厳しかった。家柄や会社の格や顔も大きな要素。
だから住民の顔ぶれは、大企業の重役クラス、医者、弁護士、スポーツ選手、芸能人、名家の出身者と社会的ステータスが高い人が大半でした。
しかし、今は30~40代前半のITやアパレル関係の若手社長といった成金が増えています。
中国人富裕層が別荘的な感覚で家を購入する動きも目立ちますね。」
「某セレブ」という言葉が既に怪しさに満ちている。
こんなことを言う人間が存在していること自体信じがたいが、もし本当なら、こんな住人が住んでいる街には誰も住みたいとは思わないだろう。
【金沢】ミニチュアダックス=ミーハー?
(30代男性住民は)街と住民の様相も変わったという。
「(北陸新幹線)開通前後に住み着いた住民は下品な人が多い。派手なブランドを着てミニチュアダックスフントなどミーハーな犬を散歩させている若い女性をちらほら見ます。」
上の芦屋の「住人」と同じように、排他的な臭いがするコメントだ。
高級住宅街の民度低下はセレブ二世が原因?
不動産業者は、「セレブの子どもは変なグレ方をする場合が多く、彼らが成人すると地域の民度は下がります」と話す。
もはや、お金持ちへの単なる嫉妬にしか聞こえない。
まとめ
SPAという雑誌は、煽り系の記事や物議をかもす見出しを多用する傾向がある。
例えば次のようなものだ。
「豪邸は空き家か独居老人ばかり」
「道端は徘徊老人と暴走族が」
「憧れの住宅街はセレブの墓場へ」
ターゲット層が好きな味にコンテンツを加工して提供するという行為は、どの雑誌にも見られる。
雑誌の提供している情報をそのまま鵜呑みにしてしまうと、物事の一面性しか捉えられない危険性がある。
特にSPAのような「味付けの濃い」雑誌であれば、なおさらだ。