「一度生活水準を上げると下げられない」って言うけどそんなことないだろう → やっぱ本当だった

  • 「一度生活水準を上げてしまうと元の水準に戻すことは難しい」
  • 「ぜいたくの味を知ってしまうとやめられない」

という話をよく聞く。

こういった話を聞くたびに私は、
「どうせ、消費者の財布のヒモを緩めるための広告戦略の一環だろう。人間の意志はもっと強いはずだ!」
と頭ごなしに否定していた。

どうやら私が間違っていたようだ。
いろいろ調べていくと「一度生活水準を上げてしまうと戻せない」という話はどうも本当らしい。

「ラチェット効果」とは?

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「ラチェット効果」とは簡単に言えば、収入が減少しても消費はそれほど減少しない、という仮説・理論のことだ。
例えば「ラチェット」という工具には歯止め機構が備わっており、一定方向にしか回せないようになっている。
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※出典:モノタロウ

消費行動も同様で、消費を増やした後で消費を減らすという逆回転は難しいのだ、と「ラチェット効果」は主張している。

「ラチェット効果」は、経済学者デューゼンベリーが1949年に発表した「所得・貯蓄・消費者行為の理論」に含まれている。

「ラチェット効果」は、半世紀以上昔に発表された理論のため一部割り引いて考える必要はある。
それでも、人間心理や消費者行動に関しては、当時と現在でさほど大きな差はないだろう。

デューゼンベリーは20世紀前半の家計調査・統計に注目した。
不況期に収入を減らした世帯の大多数が、消費を減らすことができず赤字に陥った状況を見て彼は、「消費は過去の収入の影響を受ける」と主張した。

以下、著書から一部引用する。

高い消費水準へ向かわせる衝動:
生活水準の向上はわれわれ社会の主要目標の一つである。われわれの公共政策の多くはこの目的に指向されている。
(略)
個人の場合をとっても、人々はその親たちが送ったと同じ程度の生活を考えず、もっと安楽でもっと便利なそれを期待する。

※出典:「所得・貯蓄・消費者行為の理論」(J. S. Duesenberry著、大熊一郎訳)

デフレ経済を経験した日本では、「親よりも自分たちの世代の方が生活水準が低くなる」と考えている若者のほうが多いかもしれない。
ただ、政府の目標は依然として「GDPを増やすこと」であり、物質的な豊かさとは別に精神的な豊かさを求める動きもある。
より良い生活を目指しているという意味では、デューゼンベリーの時代のアメリカと現在の日本にそれほど大きな差はないと言ってもいいだろう。

貯蓄は過去の所得と現在の所得とに依存する:
1935-36年の消費者購入調査の注目すべき結果の一つは、非常に多数の世帯がその年に支出が所得を上回ったことを報告していることであった。
年500ドル以下の階層の平均赤字は所得の50%に達し、また500ドル-1000ドル階層の平均赤字は所得の10%であった。
(略)
30年代の赤字の一部は、低所得世帯が従前にはなかった新財貨を購入した、という事実によるものであったということになる。
30年代の800ドルの所得水準の世帯は、1917年における同水準の世帯より以上に消費したが、これは彼らが高い生活水準(絹靴下や映画が含まれている)に慣れるようになり、これを放棄しにくくなったためであるということができる。

「新財貨」は現代でたとえると、

  • iPhone等スマートフォン
  • ブロードバンド回線
  • 生活家電

などに当たる。

収入が低くてもスマートフォンは手放せない、という消費者の行動は「高い生活水準に慣れるようになり、これを放棄しにくくなった」にまさしく当てはまる。

ちなみに、ラチェット効果を反映した所得と消費の関係は以下のグラフおよび方程式で表される。
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方程式
St / Yt = 0.25Yt / Y0 – 0.196
※ただし、St=現在貯蓄、Yt=現在可処分所得、Y0=過去のピークの可処分所得

これだけ見ても、「何のことやらサッパリ」だと思う。私もそう思った。
要は、高所得を一度でも経験してしまうと、所得が1万円下がったからといって消費を1万円下げることはできず、せいぜい2千円くらい減らすのが精一杯、という状況を表しているグラフだ。(超訳)

多重債務に着目

現場の声として、多重債務者への面接調査の資料も取り上げる。
NIRA(総合研究開発機構)による「社会・経済・心理学的側面から見た多重債務者発生要因の調査研究」を参考にした。
こちらも平成3年発行とかなり古いが、消費者心理に大きな変化はないだろうと仮定し利用させてもらう。

本書を参考資料として選んだ理由は、収入減にも関わらず消費を減らせない人の心理を知るためだ。

収入が減少したにも関わらず消費を減らすことができなかった場合、

  • 貯蓄を取り崩す。
  • 借金をする。
  • 親族等に援助してもらう。
  • 生活保護を申請する。

などの手法が頭に浮かぶ。

借金の入り口は生活苦

多重債務者の大部分は、生活費を工面するために借金を始めたという調査結果がある。
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最初に消費者ローンをしたときの理由として、44%の対象者が「生活費」を挙げている。

また、多重債務者の6割以上が「今の収入では満足な生活ができない」と回答している。
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「今の収入では満足な生活ができない」という問いに「はい」と答えた多重債務者は60.4%。
「収入減にも関わらず消費を減らせない」状況が目に浮かぶ。

多重債務に陥る原因は性格や意志の弱さではない

この調査結果の興味深い点は、多重債務者と一般サンプルの間で「意志の弱さ」「無計画性」「他人に見栄を張る性格傾向」において大きな差が見られないという点だ。

以下のチャートの実線が多重債務者、点線が一般サンプルだ。
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「Ⅰ 無計画性・意志の弱さ」「Ⅲ 自己顕示性」「Ⅳ 虚栄をはる傾向」の3点においては、一般サンプルと多重債務者にほとんど差は見られない。

つまり、多重債務に陥る原因は性格や意志の弱さではないといえる。

調査結果では代わりに、多重債務者の背景となる重要な要素として「家族関係における葛藤」を挙げている。
以下一部引用する。

これまで何人かの多重債務者の面接をしていて特に印象に残ったのは、この家族の結びつきの希薄、あるいは形骸化である。
夫婦の間の疎通性が乏しく、そのため経済的困難が一家の問題でなく本人だけの問題となっている。
夫なり、妻なりの多重債務について配偶者がまったく知らなかったりする。あるいは配偶者に知られないために、再び借金に走ったりする。

多重債務者とそれ以外の人々との間で有意な差がみられたのは、2)破滅性・自暴自棄性と5)家族関係における葛藤の2つのカテゴリーであった。
特に、破滅性・自暴自棄性については、多重債務に陥る人の特徴的な性格特性であるといえる。

※出典:「社会・経済・心理学的側面から見た多重債務者発生要因の調査研究」(総合研究開発機構)

多重債務に陥るパターン

「多重債務者」と聞くと、

  1. 消費を切り詰める意思が弱い。
  2. 計画的に消費することができない。
  3. 服装・持ち物・住居など外面を良く見せようと収入以上の消費をしてしまう。

この結果、生活が破たんしてしまうイメージがある。
しかし調査結果を見る限りでは、

  1. 収入が減少したが家族間に信頼関係がないため相談することができない。
  2. 一時しのぎとして生活費補てんのために借金を始める。
  3. 膨らんだ債務を一気に解消するためにギャンブルなどにのめりこむ。


この結果、最終的に破産状態に陥るパターンのほうが実は多いのだ。

以上から、「意志の力だけで収入減という問題に対処することは非常に困難」という結論が導かれる。

まとめ:収入が上がっても安易に生活水準を上げないほうがよい

不動産投資をしていて保有物件数が増えると、現金収入が一気に2倍・3倍になることもある。
収入が上がると、今より高い家賃の部屋に引っ越したり、外食の回数を増やしたり、海外旅行に何度も出かけたりなど、さまざまな誘惑に襲われることになる。
だからといって安易に生活水準を上げると、肝心の不動産経営のための資金が枯渇してしまう恐れがある。空室や借金返済にビクビクするようになってしまっては、何のために不動産投資を始めたのか分からなくなってしまう。
今回読んだ2冊は、「安易に生活水準(=コスト)を引き上げるべきではない」という教訓を与えてくれた。

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