私たちは「生きているだけでもすごい」 – 『自転しながら公転する』を読んで

読書

山本文緒さんの「自転しながら公転する」を読みました。

◼️本書の概要

本書の特徴を箇条書きすると、
・主人公は、地方都市のアパレルショップで働くアラサー女性。
・2010年代後半の価値観や社会状況を忠実に投影した舞台。
・30代女性だけではなく、同年代の男性や親世代など、さまざまな人格の悩みや背景を鮮やかに描き出している。
・過去から未来にかけて、時の流れを作品を通して紡いでいる。
といった感じです。

いや〜、面白かった!
作品の世界観にのめり込んで、数日で読み終わってしまいました。

◼️小説は「ぶらり旅」

私は普段、どちらかと言えば「目的がはっきりした本」を読むことが多いです。
「目的がはっきりした本」と言うのは、読む前に知りたいことがまずあって、その事柄を詳しく理解するために読む本、といった意味合いです。

最近読んだ本のタイトルを試しに並べてみると、
・「生きる」(著者:笠井信輔)
・「21 Lessons」(著者:ユヴァル・ノア・ハラリ)
・「スマホ脳」(著者:アンデシュ・ハンセン)
・「築地本願寺の経営学」(著者:安永雄彦)
・「最強のペシミスト・シオランの思想」(著者:大谷崇)
こういった本たちが並びます。

対して、小説というジャンルはどちらかと言うと「目的がはっきりしていない本」になると思います。

旅に例えるなら、「目的がはっきりした本」は宿や目的地や旅程をあらかじめ決めて訪れる「計画旅行」のようなものです。

かたや小説のような「目的がはっきりしていない本」は、
「なんかあそこ面白いらしいよ!」
という噂だけを頼りに「とりあえず行ってみるか。」という行き当たりばったりな旅に似ています。

どちらも楽しい「旅」であることに違いはありません。
前者の旅には、知りたいこと・やりたいことをストレートに達成できる爽快感があります。
後者の旅には、予想もしていなかった出来事に出会えるワクワク感が詰まっています。

◼️心に残った一文

本書では、たくさんの素敵な言葉や考えに出会いました。
一例を挙げると、
※ネタバレを含むのでご注意ください。

主人公の都(みやこ)が恋人の貫一との関係に悩んでいる時の、友人そよかからのアドバイス:
「都さんの迷いの根本は、自活できる経済力がないことなんじゃないですか。貫一さんに対して持ってる不安って経済的なことだけですよね。貫一さんは今一人暮らしをしてるんだから、本来なら問題はないはずですよね。都さんが持っている不安は、貫一さんの将来じゃなくて、自分への不安じゃないですか」

そよかさんは、情緒的に安定していて感じの良さそうな女性ですが、たまにぐうの音も出ないような正論で主人公の都を完膚なきまでに叩きのめします。

都(みやこ)へ、青年実業家のニャンさんが言った言葉:
「日本の男性の自殺率が高いのは、ニッポン男児たるもの人に物事を相談してはいけないっていう考えに縛られてるんじゃないですかね。男は自分の能力ですべて問題解決できるって根拠のないプライドがあって、たとえ困ったことが起きてもその自尊心が邪魔して誰にも相談できない。そして自滅。そんな風じゃない?」

都の恋人の貫一の内面の弱さを、同性からの視点でニャンさんが指摘しています。ベトナム人でニャンさんて、著者の山本さんは「水曜どうでしょう」ファンなのでしょうか。

都(みやこ)が娘のみどりへ語った言葉:
「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ。」

プロローグとエピローグでは、主人公の都も達観した感じに成長しています。
人生が思い通りになる人なんていませんからね。

◼️まとめ:私たちは「生きているだけでもすごい」

本書のタイトルの「自転しながら公転する」は地球の天体運動のことを言っています。
地上の私たちはじっとしていても、太陽系の中では秒速30kmで移動していることになります。

このタイトルから私が受けた印象は、
・周りから見たら何もしていないような人であっても、その人の心や頭の中ではいろんな想念が猛スピードで渦巻いている。
・現状維持するだけでも、凄まじい労力が必要になる。
というイメージです。
ひとことで言えば、「生きているだけでもすごい!」というメッセージです。

※アイキャッチ画像:Luminas ArtによるPixabayからの画像

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