国交省が公開している「不動産ストックビジネスの発展と拡大に向けて」というレポートがあります。
※出展:国交省
取り上げられている事例は、不動産を扱う事業者にとって非常に参考になる内容です。
しかし、レポート全体には行政の「さじを投げた感」が漂っています。
「民間でなんとかしてよ。」
以下、レポートから抜粋します。
不動産業者やリノベーション事業者、賃貸住宅関連業者など、不動産に関わる民間事業者の方々の役割が非常に重要です。
(中略)
具体的には、
- 高齢化の進展に対応した高齢者の見守りサービス
- 子育て世代が暮らしやすいまちづくりのための子育て支援サービス
- 健康増進のまちづくりのための居住・生活空間の形成
- 観光交流を活発化する地域ビジネスの活動拠点づくり
- シェアハウスなどの新しいライフスタイルの提供
など、地域を取り巻く社会経済の状況変化に応じた新たなサービス・付加価値の創造が不動産の再生・活用を通じて広がっていくことが考えられます。
高齢者や子育て、健康や観光の問題は、本来行政が対応すべき問題のはずです。
しかしこのレポートでは「民間でなんとかしてよ。」と言っているようにも受け取れます。
「保育園落ちた日本死ね」から「年金減った日本死ね」へ
匿名ブログが国会に取り上げられ、野党からは保育士給与の引き上げ案が出るなど、高齢者から子どもに税金の比重が移動する可能性が出てきました。
そうは言っても、高齢者に振り向けていた税金を急激に減らすということは考えられません。
高齢者にも、政府の補助がなければ生きていけないような層が存在しているからです。
男女それぞれに年齢層別に貧困率を推計してみると,ほとんどの年齢層で,男性よりも女性の貧困率が高く,その差は高齢期になると更に拡大する傾向にある。
年代別の貧困率
※出展:内閣府
保育士の給与一律引き上げが待機児童問題の解決策としてふさわしいのかどうか、私には判断がつきません。
「待機児童率の低い場所に引っ越せば」というアドバイスはもっともな気もしますが、世の中気軽に引っ越せる人ばかりではありません。
財源確保のため高齢者への年金給付一律引き下げを実施したとしたら、それは生存権の侵害に当たるかもしれません。
今度は、高齢者のはてなブロガーが「年金減った日本死ね」という記事を書くかもしれません。
次はどこから税金を取って来たらいいのでしょうか。
税金を上げられない国・日本
社会保障が手厚い国として有名なデンマークやフィンランドなどの北欧諸国では、GDPに対する税収の割合は50%を超えています。
かたや日本のGDPに対する税収の割合は33%です。
※出展:世界経済のネタ帳
このような税収状況では、北欧諸国のように高齢者にも子どもにも手厚い社会保障を提供することは不可能と言っていいでしょう。
かといって税率を上げれば済むかと言うと、消費税をたった2%上げることさえも難しい状況です。
安倍晋三首相の周辺では、2017年4月に予定されている消費税率10%への引き上げ延期を主張する声が増えてきた。
(中略)
昨年9月の訪米で、安倍首相は著名な米大学教授らと昼食会を催したが、その席で「財務省の試算は信用ならない」と述べた。
首相周辺の関係者によると、その5カ月前に実施した消費税5%から8%の引き上げで、個人消費が予想を超えて落ち込み、そのことが安倍首相の脳裏から消えなかったという。
※出展:首相周辺に消費税10%延期の声、衆参ダブル選と連動の思惑|ロイター
税金には、「上方硬直性」(※)とでも表現したくなるような性質があります。
もともと税金が高いのであれば「こんなもんか」と受け入れざるを得ませんが、低い税金が上がるとなると、消費者としては生存の危機とばかりに猛反発したくなるものです。
※経済学で「下方硬直性」という言葉がある。例えば、「賃金の下方硬直性」と言った場合、賃金には下げることが難しい性質があることを言う。経営者側が賃金を上げる際に労働者から反発を受けることは滅多に無いが、業績悪化に伴う賃金の引き下げは労働者からの激しい反発を伴うため。「上方硬直性」とは「下方硬直性」の逆で、「下げるのは簡単だが上げるのは難しい」という状態を示す。
こうなると、もはや通貨供給量を増やすことによるインフレで「隠れた税金(インフレ税)」を得るしか、政府には手がありません。
黒田日銀総裁による「異次元緩和」でインフレターゲット政策は成功するかに見えました。
しかし、消費税の8%への増税による景気失速で、今のところインフレ誘導は失敗したかのように見えます。
まとめ
福祉に関する政府の税収が足りない。
税収を増やすための増税もできない。
隠れた税金(インフレ税)を得るためのインフレ誘導も失敗した。
このような状況下では、政府が民間を頼りたくなるのも当然かもしれません。
- 高齢者の見守りサービス
- 子育て支援サービス
- 健康増進のまちづくり
- 地域ビジネスの活動拠点づくり
上記のようなサービスを不動産事業者が提供することで、税金の優遇措置を受けられたり、開発制限が緩和されたりするなど、事業者にとってメリットがあるのであれば、サービスの提供者は増えるかもしれません。
あるいは、社会的事業を手掛けることで優秀な人材を惹きつけることができたり、仕事にやりがいを持って取り組めるようになるなど、二次的なメリットも考えられます。
不動産事業者も、税収や福祉の問題と無関係でいられない時代に既に突入しているようです。